Joko Sensei

わたし達は2013年10月10日にJoko先生をインタビューをした。Joko先生の氏名はJoko Prasetyoで1979年03月29日スラバヤにうまれた。奥様の名前はEndah Riwayatiさんである。娘は一人だけいって、氏名はAnanda Nayla Putri Prasetyoである。Joko先生はPutat Jaya IVで小学校した。それからBrajamuktiで中学校して Sejahtera Iで高校した。Unesaで学部してUPIで大学院として卒業した. Joko先生の趣味は読むことと音楽を聞くこととスポーツをすることである。読むことが好きだから、高校生のときスピーチコンテストを優勝した。それから、学部のとき色々な大会を優勝した。一つは弁論大会である。弁論が上手だから、渋谷でインドネシアの代理にとして2000年のASEANの弁論大会を優勝した。それはJoko先生の一番目の経験日本へ行った。二番目は筑波大学で一年間勉強した。

Foto Joko

Joko先生にとって、日本で住んでいたとき、日本とインドネシアの違うのは例えば、政策のことと市民の気付きのことと公益事業のことと州政府が市民を鑑賞することとどんな仕事をやっても、賞与があることと言っていた。だから、日本で溶け込めるために、日本生活をやっている。先生は日本で住んでいたとき、幸せことも悲しいこともあった。他のは、忘れないこともあってそれはJoko先生が守り泥棒を呼んでしまった。

子供のとき、Joko先生は警察になりたいけれど、やはり教師になったのは好きと言っていた。しかし、始めて大学で勉強したとき、日本語ぜんぜん分からないだった。それから、日本語をもっと分かるために、できるだけ素敵な調子を作って勉強する。例えば、漢字を覚えられるために、絵を書いた。学部をやっていたとき、Morfologi Penyingkatan Kataについて論文を書かれた。それから、大学院をやっていたとき、Tindak Tutur Permintaan Tidak Langsungについて論文を書いた。今はまだS3をやりたいけれど、できるだけ機会を探して、日本へ行く。

レポーター:フィルダ・サフィトリ、ラトリ・アユ・イルサリナ、アジェン・クスマニンルム

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